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パンとワインの仕事

2026年7/1発行 会報『不来方より』抄録

 

司祭として教会に奉職するようになる以前、私はワインの輸入会社の営業としてサラリーマンをしていました。さらにその前には町のベーカリーでパン職人として働いていました。どちらの仕事にもやりがいや楽しさがあり、一方で辛かったことやしんどかったことも思い起こされます。

ワインの営業会社は、ヨーロッパワインを日本に輸入している小さな会社で、営業マンの仕事はワインのサンプルを持って個人宅や会社を回り、実際に味見してもらって気に入ったワインをダース単位で買ってもらうというものでした(なんという泥臭さ!)。ある日、本社のテレアポ部署から「カトリックの女子修道院にアポイントが取れたので行ってほしい」という依頼があり、いつものようにワインのサンプルを抱えて市内の修道院へ営業に向かいました。

修道院に着くと、一人の年配のシスターが迎えてくださり、ワインの試飲をしながらいろいろとお話をすることになりました。個人向け営業なので、ビジネスの話よりも茶飲み話で親しんでもらうことの方が大切です。その中で私もキリスト教徒であることを話し、さらに「以前パン屋さんでパンを作っていました」と言ったところ、シスターがころころと笑い出し、「あなたは一生パンとワインの仕事をしていくわね」と言うのです。

その時は「ほんとだ、パンとワインの仕事ですね!」と話を合わせて笑いましたが、その言葉は心のどこかにずっと引っかかっていました。そして数年がたち会社を辞めて神学校に行き、今はこうして司祭をしていますが、ふとあの時のことを思い出し、「確かに今もなお『パンとワインの仕事』をしているなあ」と、シスターの笑顔が心に浮かぶことがあります。

これが「道が備えられている」という感覚です。パン屋さんになったのも、ワイン屋さんになったのも、別に自分の人生のストーリーの筋書きに当てはめて選んだわけではありません。単に「大学を中退して何か仕事をしなければならない。食べ物屋さんが良いなあ」程度の動機で求人雑誌をめくってパン屋さんを見つけただけですし、ワイン屋さんについても大学卒業後(今度はちゃんと卒業しました)、リーマンショック直後の不景気で就職が決まらず、ハローワークでワイン会社を見つけて「酒の仕事も面白そうだ」と選んだだけです。

それが結果として「パンとワイン」というラインで司祭職まで点と点が線で繋がりました。これを「偶然」「思い込み」と言うことも簡単ですし、その冷静な観点も忘れてはならないと思います(安易な神秘主義に陥ることは危険です)。それでも「備えられていた」という個人的な感覚は、自分の中で安心できる錨のような思いとして生きています。

自分の人生に起きることには、善いことも悪いことも、罪深い失敗も含めて意味があって、神がその道を備え、主との出会いまで導いてくれるのだと思えることで、私はずいぶん楽になりました。今までのバラバラの人生のエピソードに意味を与え、そして自分は神のために備えられているという肯定感と安心感を与えてくれるのです。

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